個別指導塾のドリームスタディ設立物語

■相模原市相模大野の個別指導塾【ドリームスタディ】


 

パートW 〜準備〜

2003年8月6日PM3:00。遂にその日がやってきました。
この日は娘の「臍帯血移植」の日です。

 

この日ために、約5ヶ月間、抗がん剤やステロイドを使用して治療してきました。
移植の直前には、白血球の値がほぼ0に近い状態まで厳しい治療を続けました。
通常の人の白血球の値が5000〜7000位で、多い人は10000位だそうです。
白血球の値が低いということは、それだけ抵抗力がないということなので、
何かのウイルスに感染する確率がきわめて高いということです。
ですから、私達が日常生活をしている空間にいるとほぼ100%感染してしまうので、移植日の前日から無菌室に入りました。

 

この無菌室は、とてもとても辛い空間(部屋)でした。何が辛いか、それは無菌室に入る時には、分かりやすく説明をすると、お医者さんが手術をするときの格好をしないと子供に触れることができないということです。

この期間は、担当医・看護婦・両親しか入室できないし、入室する時には頭のてっぺんから足のつま先まで変身をしないといけないので、入室する人も大変だし娘も「変な人が来るな〜」という感じで見ていました。

 

自分の娘に触れることができない!
今でもこの時のことを思い出すと胸が痛みます。

 

臍帯血移植(骨髄移植を同じ)というのは、基本的には点滴と同じです。
私は不思議で今でもよく分からないというのが正直なところですが、点滴のようにして入れた新しい血が、自然と骨髄に達して定着するそうです。

ですから、移植というのは数十分で終了。あとは、新しく入れた臍帯血がきちんと着いてくれるかの問題です。

実は、ここからが一番大事な時期です。

 

私達と先生は、この8月6日の移植の日を「新しい誕生日」と呼んでいました。それは、家の娘は血液型はA型。

移植に使われる臍帯血はO型。しかも男の子だそうです。要するに、この日家の娘は「血液型が変わる」日だったのです。これも今だによく分からない・・・。

 

さて、私は2003年8月31日をもって退社したいと上司に話をして断られたということを先程お伝えしました。その後もいろいろな形で止められましたが、最終的には8月31日で退社することになりました。

残りの期間で、今まで私がやってきた仕事の整理と引継ぎをしました。私自身が抱え込んでいた仕事がけっこうありましたので、大変な作業でした。そして、当時の私の部下にも事情を説明して、8月31日付けで退社しました。

 

その日のことを今でもよく覚えていますが、寂しい気持ちもありましたが、「ホッとした」という気持ちの方が強かったと思います。

 

そして、いよいよ新しいスタートです。

 

私の計画は    2003年10月15日に会社を設立する。

            ➠2003年1月中旬に、塾の事務所開きをする。

               ➠2003年2月1日、本格的なスタート。

               ➠2002年中は、経営者としての勉強・マーケティングの勉強・ 心理カウンセラーの資格を取る・事業計画書を作成・資金集めなどをする。

               ➠いろいろな先輩経営者に会ってお話を聞く。

              ➠娘の病気が治るように最大限努力する。
             これに関連して、健康についての勉強をする。

 

このような計画を立てて、これを目標として新たなスタートを切りました。
不安はありましたが、もう立ち止まることはできません。
不安になったりくじけそうになった時には、娘や妻ががんばっている姿を思い出すようにしていました。

                                                         2002年8月一杯で会社を辞めてからは、セミナーなどで出かける以外は毎日病院に行くようになりました。

でも、あまり早い時間に行き過ぎると「あのお父さんは毎日来ているけど、仕事をしていないのかな?」と思われそうなので、わざと遅い時間に病院に行くことが多かったです。

 

そして、これは本当の話ですが、私が会社を辞めて毎日病院に行くようになってから、娘の移植後の経過がどんどんよくなっていきました。(多少大げさかもしれませんが・・・)

 

10月になると、待ちに待った退院の話が少しずつ出てくるようになりました。

やっと大きなヤマ場を超えた時期です。ここまで来れたのは、妻のがんばりによるところが大きかったです。

3月5日に入院してから毎日病院に行って、一生懸命看病をしてくれました。なんと皆勤賞です!

これはとても凄いことで、多くの親(特に母親)は、子供より親のほうが参ってしまっていました。普段は多少のことでは平気な私も、1週間位ダウンした時期がありました。妻には本当に感謝しています。娘も妻もがんばっている!自分も塾のオープンに向けてがんばるぞ!こんな気持ちでした。

 

                                                 

 

パートX 〜スタート〜 

2003年11月13日、待ちに待った娘の退院の日です。長かった〜。

退院の日はとてもいい天気でした。娘は担当の先生にとてもなついていて、病棟を出るまで先生に甘えていました。

本当にありがとうございました。この日は感謝の気持ちで一杯でした。

 

振り返ってみれば、娘の病気をきっかけにたくさんのことを学びました。たくさんの人に援助をして頂きました。

家族・親戚・友人・職場の仲間・病院の先生や看護婦さん。そして、不思議な出会いもたくさんありました。

 

うちの娘のことを心配して、私の友人が逸見晴恵さん(故逸見政孝さんの奥様)を紹介してくれました。逸見政孝さんが亡くなってから、医療のあり方やがん患者への支援を積極的に行っている方です。その逸見さんが、熱心に私の話や不安を聞いてくれました。(豪邸にもわざわざ招待して下さいました)

 

逸見さんからのご紹介で、骨髄バンク設立の功労者で、自らも白血病を克服した(財)骨髄バンク副会長の大谷貴子さんにも大変お世話になりました。大谷さんは、ご自身も移植の経験があるので、的確なアドバイスを下さいました。

 

大谷さんからのご紹介で、日本における血液の第一人者の佐治先生にもお世話になりました。

右脳研究の第一人者で、七田チャイルドアカデミー会長の七田眞先生にもお世話になりました。今もそうですが、以前から七田先生が代表を務める会の会員で、たまにお会いする機会がありました。実は七田先生のお子様も白血病だったんです。そんなこともあり、熱心に相談に乗って下さいました。(ドリームスタディ設立の際にもアドバイスを下さいました)

 

七田先生も愛知県にお住まいの伊藤さんをご紹介して下さいました。

その伊藤さんから、自然医学総合研究所の大沼先生という素晴らしい先生を紹介して頂きました。

 

このように、次から次に皆さんに協力して頂きました。本当にありがとうございました。

 

さて、いよいよドリームスタディ始動の時が来ました。

まずはお客さんを集めないと何もはじまりません。だけど、資金がたくさんある訳でもないし・・・。

そこで考えたのが、ポスティングという方法です。ポスティングというのは、自分たちで一般家庭のポストへチラシを投函するというやり方です。

 

この方法は、以前私が勤めていた会社でも行っておりましたので、だいたい流れはつかめていました。

ただ、二つ誤算がありました。

 

それは、ポスティングを開始したのが1月の末なので、とても寒い。手や耳が痛い。その痛い手で冷たくなっているポストに触れるともっと痛い。このようなこともあり、十数年ぶりに“手袋”をしました。

もう一つの誤算は、チラシを配っても反応がほとんどない・・・。そんなに簡単に反応があるとは思っていませんでしたが、でもショックでした。

 

私は心の中で、「まずい・どうしよう」という不安な気持ちでいました。

2003年2月1日、この日私は名古屋にいました。夕方、私の携帯電話にスタッフから連絡がありました。

 

スタッフ    :さっきお客様から電話がありました。それで、体験授業の設定
        をしました。

私       :おめでとう!どんな人からの電話だった?                           

 

スタッフ    :お子さんのことを真剣に考えているいい方でしたよ。

私       :よし、分かった。寒い日がまだ続くけど、チラシを見てくれている
        人がいるというのが分かった

から、またがんばってポスティングしよう!

 

そして、一人目の会員様が入会して下さいました。これで少しいい流れになりました。

(田中様、あの日のことは忘れません。ありがとうございました。)

 

次は当塾の看板を見て、説明を聞きに来てくれた方がいました。

(柴田様、出来たばかりの当塾を信用して入会して下さいまして、感謝の気持ちで一杯でした。)

 

会員の皆様や講師の皆さんのご協力により、当塾はオープン二周年を迎えることができました。

 

二年前には、生徒さんもいない、実績もない、ノウハウも確立されていない、知名度もない、スタッフ同士の連係も取れていない、代表である私の力不足、資金もない(今でも余裕はありませんが・・・笑)、

本当に何もありませんでした。

 

失敗・反省・挫折・屈辱の連続の日が続きました。

 

学習塾として存続するのは無理かな?と悩む日もありました。

 

代表者・経営者としての自分を否定したり、限界を感じることも・・・・・

 

そんな私がどうしてがんばることができたのか?

 

それは、子供達の笑顔です! 今は生徒数もだんだん増えてきて約110名になりました。

 

その130名の笑顔・真剣なまなざし・一生懸命さ・向上心・
子供らしさ、

どれもが私や当塾スタッフのエネルギー源です。

大切なお子様を当塾に預けて下さっている保護者の皆様の温かいご支援、心から感謝致しております。

 

  

最後に・・・

 

私が独立して塾の仕事をはじめるときに、多くの方に以下のようなことをアドバイス(忠告)??して頂きました。

 

私      「今度独立をして、子供の学習面とメンタル面の両方をサポートできるような個別指導塾をはじめようと思っています。」

 

○○さん  「今の時代は少子化で子供の数が少ないっていうのは知っている
         よね。今の時代にあった仕事を選んだほうがいいんじゃないか
         な?」

 

私      「少子化だからこの仕事に興味があるんですけど・・・」

 

○○さん  「難しいと思うけどなぁ〜」

 

 

不安がなかったのか?当然ありました。

でも今はハッキリこう言えます。
この仕事をはじめて良かった!!

 

2005年7月8日作成

個別サポート塾「ドリームスタディ」 代表 平間 正彦

 

☑ 家でまったく勉強をしない!

☑ 勉強が大嫌い!(教科書を見るのもイヤ)

☑ がんばっているんだけど、テストの点数が
   悪い!

☑ 集団授業について行けない!

☑ 親の言うことを聞かない!

☑ 部活や習い事が多くて、勉強との両立が 
    難しい!

☑ 学校のお友達との関係やその他、メンタル
     面で不安がある!

☑ 勉強以外にも体験学習などで幅広く学ば
     せたい!

↓ ↓ ↓

上記に当てはまる方は、
今すぐお試し授業のご予約をどうぞ!

毎月先着10名様は無料でお試し授業を
受けることが出来ます。

〜コチラからお試し授業の予約ができます〜

    

 

トップページへ戻る